私は理法姓名学の吉名を持っていますから、物心付いてから三日以上を病気で寝た事が無く、
85歳の現在でも毎日千球のボールを投げ、10キロの自転車漕ぎを日課とし、三度の食事も美味しく、ぐっすりと熟睡し、悪性インフルエンザの流行期でも風邪一つ引きませんから、
どうやら私もこのピンピン・コロリを実践出来る悦(よろこ)びを持てそうです。
実際問題として、私の父は僅か43歳で突然の脳溢血でこの世を去り、母は69歳で胃癌を患って亡くなりましたから、遺伝学的に見れば私は長生きには無縁の人間であり、どう贔屓目に見ても、百歳を生きたキンさんやギンさんが持つ長寿ミトコンドリア遺伝子など持ち合わせる筈はありませんが、養生訓の著者貝原益軒が望んでも得られなかった85歳からの上寿(じょうじゅ)を、養生(ようじょう)や摂生(せっせい)には全く門外漢(もんがいかん)の私が望みもしないのに85歳からの上寿を生きるとは皮肉な話です。
幼児期に変えた理法姓名学の吉名効果は軍隊生活にも現れ、無傷で故国に生還、戦後の狂瀾怒涛(きょうらんどとう)や空亡や天中殺、大殺界などの凶殺にも影響されず健康で85歳を生きるのです。
皆川優太君も理法姓名学の吉名を持ちますから、崩れた岩盤の下から奇跡的に救出され、組閣(そかく)当時はマスコミや政治評論家からも「長くても精々6ヶ月」と酷評(こくひょう)された小泉内閣が記録的長命内閣を誇(ほこ)れるのも小泉純一郎氏が持つ理法姓名学の吉名効果であると言えます。
徳川家康も理法姓名学の吉名を持つお陰で、若い時には人質の屈辱を舐め、幾多の危険に遭遇(そうぐう)しても無事に切(き)り抜(ぬ)け、関が原で勝利し、征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)となりましたが、「徳川の家は言安泰なり」の意義が示す通りに徳川家3百年の始祖(しそ)、大権現(だいごんげん)と仰(あお)がれる僥倖を得たのです。
理法運命学の吉名効果は、誰もが渇望(かつぼう)するピンピンと寿命を生きて,病む事も無くコロリと終焉(しゅうえん)の時を迎える方法を惜しみなく教えるのですが、四柱推命学も秘法中の秘法である生日対生時論と調候用神論を用いる事で知る事が出来ますが、生時は命式の帰宿(きしゅく)で人の最晩年の推移(すいい)と吉凶(きっきょう)を知る重要な部門でありますから、生時抜きの命式では正しい最晩年が掴(つか)めませんから、理法運命研究会では正確な生年月日と時間を知る人の看命は引き受けますが、生時不明の方は残念ながら、お断りする事にしています。