No.7 安楽病棟
 
  帚木蓬生氏の「安楽病棟」はそれぞれが、それなりの人生の履歴を持つ老人達が痴呆病棟に生活する様を、城野と言う若い看護師の目を通して描いた一種の「人間臨終図巻」です。最期は城野看護師が自分の廻りで起きた老人達の不可解な死に疑いを持ち、敬愛する香月医師を終末期医療研究会と結託して、助かる見込みの無い患者を安楽死させる犯人であると確信し、証拠の品を集め、警察に訴える覚悟を決めた所で終わっています。

 彼が問題とする死に方は「人間臨終図巻」に描かれた苦悶の中での死も嫌ですが、「安楽病棟」の一節「オランダ」に示された生命終結行為(安楽死)も、彼は殺人行為と考えますから、例え香月医師が人道的と考えても彼の言う安楽死とは大いに意味が異なります。

  彼の言う安楽死とは健康でピンピンと寿命迄を生き、朽木が倒れる様に或る日突然コロリと死んでいると言う死に方であり、それには、日頃から健康で居なければならないのです。
細胞のテロメアは大体50回くらい分裂し、40回目くらいの分裂後からは次第に劣化が起き、突然変異して癌になる遺伝子や血管を構成する細胞の劣化が進み、弾力を失い動脈硬化や、他の臓器類も次々と劣化の度合いが進行して、各々の臓器の寿命が決まりますから、その臓器が、例えば、心臓なら心臓の寿命が50年なら50歳前後で死に、膵臓の寿命が60年なら60歳前後で死ぬと言われていますから、各臓器の寿命が長ければ、大隈重信の言う寿命120歳説や某医博の唱える百歳寿命説も出て来ても、決して矛盾した話ではないと思います。

  健康で病気をしない人の細胞分裂が正常であれば、自然と臓器の寿命が長くなりますから、一番短い臓器の寿命が90年の人も100年の人も居る筈で、その最も短い臓器の持つ耐用年数が90年目なら90歳の寿命で死に、100年目に終われば百歳の寿命と、その一番短い臓器の死が寿命となり、寿限(じゅげん)となった臓器が尽(つ)きた時に死ぬならそれを彼は安楽死と呼ぶのです。

  「安楽病棟」の収容人物達はそれぞれの人生を、それぞれが70年、80年、90年と生きて、それぞれの天国と地獄を、それぞれの喜怒哀楽を嘗(な)めて「安楽病棟」に収容されています。若し、一旦緩急あれば介護士や看護師や医者までが駆(か)けつけて手厚い介護を受けられます。戦前では到底、想像も付かないパラダイスに住んでいると彼は考えていますが、徹底抗戦を叫び、焦土作戦に徹し、そして負けた神国日本は虚脱状態で終戦を迎えましたが、茫然自失から立ち上がり、奮闘努力して世界に冠たる経済大国に成長し、世界でも冠たる国民保険や介護保険制度を確立しましたから病気に罹っても法整備が整い或る程度迄は満足した介護を受けられ老人施設に入っても贅沢を言わない限り最低生活費を保証して貰えます。

  戦前、戦後を通じ日本人男女の平均寿命は短かったのですが、今では平均寿命が延び81歳となり、俄に少子高齢化の弊害が叫ばれ始めましたから、高齢者の疾病が問題視され、老人介護対策問題は特に深刻化し、介護保険制度が導入されましたが、問題はこれからです。

  平成14、15年頃から介護を必要とする高齢者を自宅に放置して世話をしない介護放棄が深刻となり、由々しき社会問題に迄発展しましたが、高齢者社会が進むと寝たきりの60歳の妻を70歳の夫が世話をする場合や、痴呆の80歳の妻を同じ80歳の半身不随の夫が介護する老老介護の姿も見られ、遠距離介護や親の介護の為に、職場を放棄する子が出て来ます。



  或る長男夫婦と孫と同居する80代の母親は土蔵の中に入れられ、寝具や衣料も十分で無く、排便の後始末もされず食事は一日に一回だけ、鍋の中にご飯が少しと梅干一個だけが入り、母親の周囲からは異臭が鼻を突き、脱水症状が酷(ひど)く生ける屍(しかばね)で、民生委員が見かねて入院させると、世間体を気にした長男家族が直ぐに連れ戻したと言います。

  食事を与えず、おむつ交換もせず、完全な介護放棄が行われ、親が暴れるからと柱に縛り付け、介護疲れでストレスが溜まり、経済的に困れば親に対する暴力行為も日常茶飯事に発生し、子供に全財産を搾り取られた親の場合は惨めですが、彼は40年前に自分の目で、或る老婆の鉄道自殺の一部始終を見て金が敵の世の中の陰惨な事実を否定出来ないのです。

  或る梅雨の煙る午後、散歩がてら鉄道の踏切を越えてから銀行の角を曲がって100メートル先にある郵便局まで郵便物を出しに家を出ましたが、何時も通る踏み切りに差し掛かった時、列車の警笛が何故か何回も鋭く鳴っているように聞こえ、何気なく左の線路の方を見ましたら前方50メートルほど先の線路上に何か黒い影が蹲(うずくま)っているのですが、そこは人と自転車がやっと通れるくらいの、信号機も無い小さな踏切で、「犬が線路上に迷い込んで、遊んでいるのだろう」と彼はそのまま、何の気にもせずに、踏み切りを通り過ぎたのです。

  数メートルも歩かぬ内に彼の背後に列車の黒い大きな翳(かげ)が通り過ぎかと思うと急ブレーキの音と共に金属の激しく摩擦する音と、何かしら物の焦げる異臭と共に5両編成の列車が、踏み切りを少し通過した所で停止し、間近に見る蒸気機関車の大きさに圧倒されました。
急いで彼も踏み切りに戻って汽車引かれの現場を見ると、夥し(おびただ)い血の海に散乱する肉切れが四方に飛び散り、小さな人の塊が黒山の人垣に囲まれ、雑草が生い茂った線路脇には、薄紫の紫陽花(あじさい)が6月の陰鬱(いんうつ)な長雨に打たれて、鮮やかな色彩で濡れていました。
彼は死体の主が直ぐ直感的に浮かびました。

  今朝の散歩の途中、その老婆が同年輩らしい老婆と夢中で話しをしている姿を見ています。誰かを罵る様な口調で髪を振り乱した陰惨な姿は芝居で見る安達が原の老婆そっくりです。「藤五郎には騙(だま)されたよ! 死んであいつを呪い殺してやる!」

  彼の耳朶に長く響いた物騒な喚き声の主が飛び込み自殺を計ったのですが、理由は簡単で、
彼女の夫の残した2反の土地が土地ブームで思いもかけず値上がりしましたから、次男が横取りを企み、老婆と彼女を世話する長男の嫁とが喧嘩ばかりしているのを奇禍として言葉巧みに老母を自分の家に連れ込み上(あ)げ膳、据(す)え膳で老婆を懐柔し「藤五郎の嫁くらい良い嫁はいない、良く気が付くし、風呂で背中も流すし、親切で、私は本当に果報者(かほうもの)だ」と老婆が自慢している間もなく、今度は毎日、毎晩、老婆と藤五郎とが口汚く罵り合う声が聞こえて来て、「約束が違う!」と藤五郎に武者振り付けば藤五郎が情容赦も無く軽い老婆を担ぎ上げて戸外に放り投げるのですが、土地を手に入れてしまえば世話の焼ける母親など無用の長物で、孫迄もが「汚い!」と邪険(じゃけん)に取り扱い、騙されたと知った老婆には息子を呪いながらの鉄道自殺が彼女に出来る精一杯の反抗でしたが、因果応報、深酒と過度の喫煙の咎めで藤五郎は胃癌を病み、薬を飲めば吐き、身体に栄養を付ける為に食べれば吐き、5年の餓鬼地獄に喘ぎながら死んだ日は、彼の老母の命日だったと聞いています。




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