No.4 或る決意4

 加齢に伴い人間は動脈硬化が進み、血管抵抗が増加して血圧は自然に上がるものですから、彼は血圧そのものに余り神経質ではありませんが、高い状態が続けば弱い血管は更に脆くなって破裂する危険性もあり、脳出血などで救急車のご厄介になるのも困りますから、彼は必要悪として降圧剤を服用していますが、元来が医者嫌いで薬嫌いの彼は風邪薬等を含め、医薬品は化学的化合物であり、多量に服用すれば勿論、例え少量でも長期間服用すれば肝臓や腎臓などの臓器に何等かの悪影響ありと考えていますから、薬を飲まずに血圧を下げずに脳疾患を患って半身不随や植物人間になるのが良いか、薬を飲んで血圧を下げる結果肝臓や腎臓を傷めるかを天秤(てんびん)に掛ければ、月2回の血圧測定と各1粒の血圧降下剤を呑む方が結果的には必要悪でもあると考える彼は、月に2回は血圧測定と血圧の薬を医者から貰います。

  老化すれば臓器を構成する細胞機能が低下し、歯も抜け、耳や目の機能も劣化し、胃腸機能を衰えさせ諸器官も萎縮(いしゅく)するので老人は痩(や)せると言いますが、彼はこの10年来、体重計に乗れば常に一定の体重ですから、前歯が人工歯根でも80歳で自分の歯を20本持つので快食、快眠、快便ですから痩せる要因がありませんから、読書専門の眼鏡を掛ければ新聞も本も楽に読め、テレビのボリュウムを搾っても良く聞こえるのですから、これと言った養生法を取りませんが、酒と煙草は脳細胞を刺激し、破壊すると信じて居ますから、結婚式や大学の同窓会ではウーロン茶やジュースで時間を濁(にご)す、極めて手持(ても)ち無沙汰(ぶさた)な人間だと言えます。

 人とは自然に生きれば細胞分裂の規定数である100歳くらい迄は生きられると考えますから、通常通りの生活を営んでいるのに或る日、突然殴られる様な頭痛に襲われたり、急に呂律(ろれつ)が回らなくなったり、持って居たものを自然に落とすなど普段と違った痛みや痺(しび)れや不自由さがあれば、明らかに病気の徴候でありますから、すぐ救急車を呼ぶ覚悟が必要ですが、健康で居ると言う恩典を保持するには、自らも或る程度の摂生は覚悟しなければならないと思い、人ごみに出れば必ず嗽(うがい)は忘れませんが、常に腹八分を心掛け、快感の代償に激しい肉体疲労と体力消耗を求める性行為は子孫を残す上での至上命令ではありますが、70歳以後の老人には最早慎むべき行為だと考えていますから、彼は古希を契機に禁欲生活に入りました。

  毎日の運動は筋肉や関節を円滑に動かすのに大いに役立っていますが、時に軽い痛みを感じる時があれば市販の湿布薬を贅沢に塗り30分のマッサージ器を愉しめば快復するのです。彼が奮発して買った時計は10年目になって遅れが目立ち始め、器械ものには「当たり、外れが」があるとつくづく感じ、時計の為にする分解掃除も何回か既に済ませましたから寿命だと考えられますが、それに比べて彼の身体は80年以上を1日の故障も無く動き続け一度の故障も異状も起こしませんが、長寿ミトコンドリアを持ち合わせない彼が85歳を今尚生き続ける不思議を、彼は理法姓名学の吉名効果と考える以外には要因を見付けられません。彼自身は長生きする事が果たして世の為に役立つのか、お荷物になるのか疑問に思うのです。彼が常に抱いている気持ちは、寝たきりの百歳には何の価値も認められないと言う事です。彼は酔生夢死で死ぬ百歳の自分である事より理法姓名学の吉名効果の普及運動に全力投球して「終り良ければ全て良し」と満足して死ねる臨終を心に描いているのです。

  彼は若い頃に読んだ或る有名な英国の随筆家の言葉を思い出します。
「人が長い間、商売をしていれば、必ず自分の毎日やっている事が悪に役立っているのか、善に役立っているのか大いに考えて見たい気になるものだ。」
確かに人が七十年、八十年と飽きもせず長く人間商売を続けていれば自分の人生が幸福だったのか、不幸だったのかを大いに考えて見たくなると思うの人情であると考えています。

 昔から偉い学者が「幸福論」を書いて来ましたが、世間を知らない学者先生に人の幸、不幸を究明(きゅうめい)出来る筈がありませんが、彼は幸、不幸の判定資料に幸福な事例の人を日本経済新聞の「私の履歴書」の執筆者に求め、不幸な人の事例は山田風太郎の「人間臨終図巻」の登場人物に求めましたが、「私の履歴書」の人々を幸福な人と考え、如何にも地獄図の断末魔で死ぬ人を、幸福な人とは認められませんから、「人間臨終図巻」の人物は不幸の例証です。

 「私の履歴書」の執筆者達は現在の日本の各分野を代表する成功者達であり、自らの経歴を赤裸々に述べた彼等の優れた自叙伝で立志伝であり、出世物語であり日本版アメリカンドリームの夢を叶えた人の記録であり「終り良ければ全て良し」の象徴が歴然だと思います。

  裕福な家に生まれ好き放題にわが世を謳歌しても、尾羽打ち枯らし身の置き所も無く老衰して果てる敗残の姿を見せれば不幸の例証と取りますから、臨終模様が苦しめば不幸です。

  紫式部を愛人に持って「光源氏」に擬せられた藤原道長が権力の絶頂にいて、好色、グルメ、美女、美酒、山海の珍味の果てに悪性の糖尿病に罹り、余病を併発、手足は雷の如き痛みと痺れが走り、眠れば胸部に激痛が突き刺さり、身体の五臓六腑、手足の関節迄が容赦無く攻め立てる地獄の拷問こそは、自らが招いた贅沢病の報いであると言う医学的な現象とは露知らず、只管(ひたすら)、兄の藤原道兼や三条天皇の怨霊(おんりょう)の祟りだとばかり信じ、加持(かじ)、祈祷(きとう)に狂奔し、法成寺建立に努力しても断末魔の激痛は道長を苦しめ、強烈に刺し貫き「死にたくない」と泣き叫び、この世に未練を残して死にましたから彼は道長を不幸な典型と考えるのです。

  三島由紀夫は東大を出て大蔵省のエリート官僚から作家に転身し、古典主義的な緻密な構成と華麗な文体で、独自の様式美を備えた文学世界を展開、唯美的なナショナリズムに傾斜し、自衛隊で割腹自殺しましたから、華やかな経歴の持ち主でも不幸な人であると彼は思います。同じ登場人物でも西行法師は鳥羽院下北面の武士として仕え、23歳で出家し、生涯に亙って旅多く、旅の体験を通して自然と心境とを詠み、独自の詠風を築いたと言われる人ですが望み通りに望月に満開の桜の木の下で死ねた人でありますから、幸福な人だと考えます。

  天下統一の道半ば、本能寺で明智光秀に殺された織田信長は偉大であっても不幸な人です。  少年期には今川義元の人質として苦労しても、徳川300年の江戸幕府を創立して天寿を得て死にましたから徳川家康は幸福な人でありますが、若くして志半ばで死んだ坂本竜馬、高杉晋作、佐久間象山、西郷隆盛等の明治維新の英雄達は不幸な人達で、岩崎弥太郎、福沢諭吉、伊藤博文、山縣有朋等は幸福な人と言えても新5千円札の肖像画の樋口一葉や滝廉太郎等は、芸術の神の寵児であっても難病に罹って夭折した以上は不幸な人に数えます。
彼の幸福観は「終り良ければ全て良し」ですから、例え名も無く地位も無い人で平々凡々の人であっても、病気に悩む事無く健康で一生を過し、所謂、ピンピンと生きて、長く患い病む事無く、コロリと大往生を遂げる人も苦痛を知らないだけに本当に幸福な人と考えるのです。




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