No.2 或る決意2

 この世は健康で経済的余裕のある人には住み良い極楽ですが、病弱で収入の少ない人には地獄かも知れませんし、病気ばかりして窮乏する家庭は生活環境が破壊され、 修羅 ( しゅら ) の住む家となり、子供達は登校拒否や家庭内暴力で荒れ狂い、或は非行を繰り返し、盛り場やゲームセンターなどに 屯 ( たむろ ) し遊ぶ金 欲しさでかっぱらいや万引きなどを犯し親を嘆き悲しませますが、親は親で不肖の子に悩み、育児ノイローゼなどで自殺を試みる若い母も少なくなく、この世には困って居る人を食い物にする 不逞 ( ふてい ) の 輩 ( やから ) がヤミ金融や「降込め詐欺」などを働き、又、簡単にころりと 騙 ( だま ) される人も多く、「 鰯 ( いわし ) の頭も信心」式のインチキ宗教も大いに 蔓延 ( はびこ ) ります。夏目漱石が「幸福を得る事は、浜の真砂の中からキラリと光る一片の宝石を捜すより困難」と嘆きましたが、不幸の間口は際限なく広く、幸福への扉は極めて狭いと言 えるのです。誰でも病気に罹るのは嫌ですから病気にならない為には、熱心すぎる程熱心に注意します。

 今日ほど予防医学が 姦 ( かしま ) しく討論される時代も少なく、新聞を開けば、医薬品や健康薬品の宣伝広告が所狭しとばかりに溢れていて、一般消費者は何を買って良いか迷うばかりです。

 老齢になれば細胞活動の低下から病気に罹る危険率が高く、誰もが健康に過したいとアンチエージング(抗加齢)医療が盛んとなりましたから、日本にも抗加齢医学会が生まれ、保険の利かないキレーション治療法などで初診料 12 万円、一回の治療費 2 万円でも人は集まり、長寿の人が持つ長寿ミトコンドリアの有無を調べる健康寿命ドックも生まれたと聞きます。不老不死薬、老化治療薬を求める欲求は 2000 年前の始皇帝でも中世ヨーロッパの錬金術師達でも平成の老人達も変わりませんから、アミノ酸効果には葉酸が良く利くとテレビで言えば翌日全国の薬局で葉酸が売り切れ、コエンザイム Q 10 が老化を予防し身体の諸器官を活性化させ若返らせると言えば、薬局の店頭からコエンザイム Q 10 が売り切れ追加の注文が殺到だと言い、抗加齢を 謳 ( うた ) った化粧品やサプリメントが飛ぶように売れますから、上腕部や大腿部をバンドで適度に締めて成長ホルモンの分泌を促すと言うトレーニングウエアまでが発売され、スーパーやデパートの宣伝活動に試供品のラベルを付け替えれば、そのまま売れる商品まで無料提供されるので、結局一般消費者は商品の取捨選択に悩む破目になります。

 この世には病気に悩む家庭を食い物にする不逞の輩もいて、病気や貧困や鬱病などの病気は先祖霊の供養が足りないからだと難病や貧困や鬱病に悩む人が出た家には、早速新興宗教の勧誘が始まり、先祖供養、霊や魂の浄化だと言い募る執拗な新興宗教の 折伏 ( しゃくぶく ) が開始され、様々な難病や奇病、交通事故などは先祖霊や背後霊の霊障だと脅し莫大な浄霊料や除霊料を要求する上、その先祖霊の浄化には全財産の提供は愚か子孫が出家の必要性があるなどと脅迫するオウム真理教の如き狂気の集団も出現し、地 下鉄サリン事件等を引き起こしました。運命打開を口実に沢山の 似非 ( えせ ) 運命学者、 似非 ( えせ ) 占い師達が輩出して各々が我田引水的に自説を開陳して勝手な幸運論や幸福論を唱えて無知蒙昧の大衆を惑わせますから、運命学にも 真贋 ( しんがん ) を見極める洞察力を持つ必要がありますが、誰もが幸福を願い、不幸を恐れるので、人間は太古の昔から今日迄に人々を幸福に導く為に沢山の運命論や運命学派が生まれ来ましたが幼稚な 魑魅 ( ちみ ) 魍魎 ( もうりょう ) に属するものから、東洋哲学の精華と言われる 緻密 ( ちみつ ) な学説を持つ運命学まで、四柱推命学から始まって九星・気学、算命術、六星戦術、紫微斗数,六壬神課、東洋,西洋占星術、墓相等々と枚挙に遑がありませんが、姓名学にも色々の学派が存在します。


  昔の人は憾みを残して死んだ霊は「 祟 ( たた ) る」と信じ、菅原道真の 怨霊 ( おんりょう ) が疫病や飢饉や台風や地震などの災害を呼び、時の権力者を震え上がらせたなどと信ましたから、その怨霊への「畏怖」の念が嵩じると、今度はその祟り神の力が強大であればあるほどその祟り神を鎮魂すれば逆に今度は災害や天変地異への防御力、つまり、毒薬が変じて良薬になると勝手に思い込み、「天神様信仰」が生まれたのですが怖いのは病気で「天神様」も救ってくれませんから、入院すれば診療ミスや治療ミス等があり、交通事故等で緊急病院に担ぎ込まれたとすれば、汚染血液、輸血ミス、果ては院内感染 では 迂闊 ( うかつ ) に入院も出来ないと言わなければなりません。

 養生訓の著者貝原益軒の名は没後 300 年にして日本の最も著名な医者の名前となりました。養生訓の書かれた時代は徳川政権が確立されてから 30 年後の家光の時代で、 絢爛 ( けんらん ) たる元禄文化や 爛熟 ( らんじゅく ) した町人文化に代表される如く戦いのエネルギーが必要無くなり、「自分の楽しみを享楽」する時代に変わった頃で、ある程度の物質的に恵まれた人々は、より美しいものを求め生み出し、文化の質を高めましたから、各地から 齎 ( もたら ) される美味、美酒の類は飽食の悪習を生み、爛熟した時代はやがて大名や旗本に贅沢と華美を戒める吉宗の「倹約令」に繋がった時代であり、 益軒の説く所は、摂生と養生で 300 年経った現在でも健康法の真理です。今の日本人は経済大国の驕りに克己心を失い、何事も我慢、辛抱、倹約をすると言う美風を忘れて贅沢に溺れ、苦い苦言や忠告を若者に放てば、忽ち若い世代は「キレ」るのです。

 益軒の時代と現代では生活環境が異なり、栄養の摂取方法一つを取っても決して同一には取り扱えませんが、人間と言う生物の生き方には変化はなく 飽食 と 無摂生 が人間の寿命を縮め、余病を誘発し、不幸の種を撒き散らしている事には間違いはないと彼は強く思うのです。

 「酒はほろ酔いが良く、たけなわの半ばで止める。食は飽食の半ばでとどめ、腹いっぱいにしてはならぬ」と説く益軒は 「聖人は未病を治す」と言う教訓を次の様に説明しているのです。

 「病気がまだ起こっていない時に、あらかじめ用心すれば病気にならないことである。

 若し、飲食・色欲などの肉欲を我慢せず、風・寒・暑・湿の外邪を防がないと、犯される所は少しでも、後で長い大病をする。肉欲と外邪を慎まないため、大病となって思いのほか深く悲しみ、長くくるしむと言うのが病気の常である。

 病気になると、病気自身の苦しみだけでなく、痛い針で体を刺し、熱い灸で体を焼き、苦い薬で体を攻め食べたいものを食べず、飲みたいものを飲まないで体を苦しめ、心を痛ませる。病気の無い時にあらかじめ養生を良くすれば、病気は起こらず、目に見えない幸福になる。」

 「薬を飲まないで自然に治る病気が多い。これを知らないで、無闇に薬を使って、薬にあてられて病気を重くし、食欲をなくし、長く治らないで死んでしまう者もまた多い。薬を使う事には用心しなければならない。」

 彼は未病を防ぎ、健康を保つには理法姓名学の吉名効果が第一であると考えていますが、理法姓名学の吉名効果を最も的確に証明出来る方法は、 85 歳になっても風邪も引かず、 矍鑠 ( かくしゃく ) と日課のボール投げを怠らず、自転車漕ぎや逆立ちに専念出来る彼自身であると言えます。




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