No.10 吉名効果2

 彼が応召前に学んだ推命学と姓名学の説く彼の寿命の長さが、果たして理論の示す通りに、八十五歳、或は、長寿を得ると言う事が本当だったのか、真っ赤な嘘だったかの信憑性は、彼が実際に八十五歳迄を生き、その真実を証明しなければ嘘の運命学と断定されるのです。

  人の寿命は積善の家の余慶(よけい)が延命を齎す事実もあって的中させる事は至難の業でありますから、運命学者の多くはタブー視しますが、二十歳前後の若者に向かって、「君は七十歳で死ぬ」とか「君は短命だ」などと言っても先の長い若者には20年、30生年先の未来の事を話しても雲を掴(つか)む話であって真偽を分別する事は物凄く遠い混沌とした将来に思える筈ですが、召集令状を貰った時点でも古稀迄は死なないと言う確信が辛かった軍隊時代を耐えられた理法姓名学の吉名に護られた幸運を感じますが、彼が米軍キャンプの通訳として働いた時に見た補給廠の食料貯蔵室に積み挙げられた物資の山を見た時に受けた衝撃―小銃と竹槍で武装して餓えと戦い、遂には蛇や鼠まで食べて凌いだ日本軍との気の遠くなる様な相違―と、彼等の屈託の無い内務班の生活振りと何かと言うと直ぐビンタの飛ぶ刺々(とげとげ)しい古兵と新兵の隔たりの大きい野蛮人の軍隊とは天地の差を感じるばかりか、米国の指導者は広く大局的に物を考えるのに対し、日本の指導層は局地的な利害にばかり汲々とする視野の狭さを痛感させますが、軍部の誤った作戦行動で幾多の兵士の尊い命が無駄に奪われましたが、彼も理法姓名学の吉名効果の「お守り」が無かったら、戦争と言う巨大な力に振り回されて荒野の露と消え果て居たのだと心の凍る思いが、豊富な米軍の食料貯蔵庫を見た正直な感懐です。

  軍隊とは世間から隔離された特異の世界で内務班生活は古参兵の私的制裁が罷(まか)り通ります。幹候(かんこう)を選ばない補充兵の大卒は学校出と呼ばれ、学歴の無い社会の底辺に生きた小学校も満足に出ない無知蒙昧な古参兵の陰湿な虐(いじ)めに堪え兼ねて自殺を試みる者さえも出たのです。

  85歳からの上寿を生きられる彼は間違いなく理法姓名学の吉名に護られていると言えます。昭和19年には戦局が悪化しサイパンが陥落する頃になると、彼の部隊にも続々と転属兵が出て、大半が南方に転戦して戦死し、シベリアに抑留された兵は凍死しましたから、僅かに、内地作戦部隊の兵だけが無事生還の幸運を得たので人の幸、不運の分かれ目は紙一重です。

 人は昔から人間を支配する運命に畏敬(いけい)の念や畏怖(いふ)の思いを抱いて来ましたが、それに対抗する様々な運命学も考案されましたから、学術的にも論理的にも優れた運命学が多数ある反面逆に守護霊や怨念(おんねん)を取り上げた魑魅魍魎の類に属する様な迷信に類する運命学もあります。彼は理法姓名学の吉名を持ちますから、何時でも無事を得られ幸福であると常に確信していましたから、生死に拘わる激しい戦闘訓練や耐寒演習で危険に曝(さら)されても掠り傷一つ負わず、終戦後も時流に乗って英語教室を経営して成功し、老後資金も蓄えられたと吉名効果に有り難く感謝していますが、彼の無事を証明する実際例を彼の自転車事故が示しました。

 最近は、老人の自転車事故による転倒事故が多く、中には死亡する数字が急激に増えたと聞いていますが、老人の交通安全意識欠如もありますが、反射神経の衰えであり、老化で骨が脆くなった悪条件が相乗しますから、若し転倒でもすれば運の良い人は軽傷で済んでも運が悪ければ瀕死の重傷を負うか、死亡に繋(つな)がる事故が急速に広まっていますから、高齢者の医療と事故に要する費用の増加は福祉政策にも暗い影を落としているとも言えます。

 彼が七十歳になった9月中旬の或る午後に自転車によるサイクリングに出掛けた事があり、福猿橋を渡り、対岸の福居町の土手を一周して帰る約7キロのサイクリングロードでした。橋の手前で信号が赤となったので、停止して信号が青になるのを待ち、やがて信号が青に変わったので、橋までは緩やかな坂道を彼は地面を見ながらペダルを強く踏み込みました。その瞬間、彼は体が宙に浮く感じと目の前に青空が斜めに大きく横切って乾いたカーンとした音を後頭部に感じ、どうやら自転車から振り落とされ、背中から落ちたらしいのです。
「やられたな! でも大丈夫だ!」心で叫んでいた様です。
右折を急いだライトバンが私の自転車の後輪を掠める様に衝突し彼を跳ね飛ばしたのです。
「大丈夫ですか?」
ライトバンの運転手が駆け寄って来て慌てた声で尋ねました。
近くの病院に担ぎ込まれ、レントゲンを取られたり、診察を受けたり、最後に大袈裟に頭に包帯を巻かれましたが、頭部に大きな瘤と全身に軽い打撲で済みました。
「一晩様子を見ましょう」
病院の言葉を振り切り痛み止めと貼り薬を貰っての帰宅ですが、医者も驚く軽傷でしたが
翌日の現場検証は車で通り掛かる知人も多くて、わざわざ車を道の脇に停めて尋ねます。
「どうしました?」
彼は身が竦(すく)む羞恥(しゅうち)に襲われましたから、穴があったら入りたいと言う気持ちで一杯でした。

 老人の自転車事故が毎日の様に全国各地で新聞に報道されますが、その多くが死亡している実情は不安定な二輪の車の危険性と老人の運動神経と骨の脆さが加わったと思われますが、反射神経の鈍くなった彼が84歳の時、二階から厚い辞書を抱えて降りる途中、最後の階段を踏み外して背中から転落して瞬間息が止まる思いの中で彼は15年前の自転車事故を思い出しましたが、70歳と84歳の老齢期の転倒であっても湿布薬を贅沢に塗りたくっただけで骨には異常がない幸運は駅の階段で転んで骨折入院し痴呆となった人も彼はしりますから、骨折事故に繋がらない幸運は理法姓名学の吉名効果の「お守り」だと彼は固く信じるのです。

  小宇宙と呼ばれる精巧で精緻(せいち)な人間程、病気や怪我や細菌、ウイルスに弱い生物は居ません。物心付いてから85歳を過ぎた今日迄を病気らしい病気にも罹らず平穏無事に息災に生きて、あの筆舌に尽くせぬ苦学時代の劣悪極まる生活環境の中でも風邪一つ引かず、生死の境を彷徨した軍隊時代にも掠り傷も負わず、自転車転倒事故にも階段を踏み外して転落しても無事を得られた僥倖は理法姓名学の吉名効果の「お守り」の恩恵と彼は深く母に感謝するのです。

  理法姓名学の吉名効果は先ず彼に無病息災の幸運を与え、工業学校落第と言う苦渋を与えましたが、最も適性の商業学校に進ませ、西倉君と邂逅(かいこう)させ、戦後には駐留軍通訳の職を選ばせ、ガイド試験に挑戦させ合格させ、通訳を止めれば途端に英語教室を経営させる絶妙なタイミングで彼を導きましたが、結婚も合婚名に導かれて相性名に改名させ、無病息災で金婚式を迎えたのです。
「彼の履歴書」とは言うなれば理法姓名学の吉名効果の報告書であるとも言えるのです。




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