彼が七十歳になった9月中旬の或る午後に自転車によるサイクリングに出掛けた事があり、福猿橋を渡り、対岸の福居町の土手を一周して帰る約7キロのサイクリングロードでした。橋の手前で信号が赤となったので、停止して信号が青になるのを待ち、やがて信号が青に変わったので、橋までは緩やかな坂道を彼は地面を見ながらペダルを強く踏み込みました。その瞬間、彼は体が宙に浮く感じと目の前に青空が斜めに大きく横切って乾いたカーンとした音を後頭部に感じ、どうやら自転車から振り落とされ、背中から落ちたらしいのです。
「やられたな! でも大丈夫だ!」心で叫んでいた様です。
右折を急いだライトバンが私の自転車の後輪を掠める様に衝突し彼を跳ね飛ばしたのです。
「大丈夫ですか?」
ライトバンの運転手が駆け寄って来て慌てた声で尋ねました。
近くの病院に担ぎ込まれ、レントゲンを取られたり、診察を受けたり、最後に大袈裟に頭に包帯を巻かれましたが、頭部に大きな瘤と全身に軽い打撲で済みました。
「一晩様子を見ましょう」
病院の言葉を振り切り痛み止めと貼り薬を貰っての帰宅ですが、医者も驚く軽傷でしたが
翌日の現場検証は車で通り掛かる知人も多くて、わざわざ車を道の脇に停めて尋ねます。
「どうしました?」
彼は身が竦(すく)む羞恥(しゅうち)に襲われましたから、穴があったら入りたいと言う気持ちで一杯でした。
老人の自転車事故が毎日の様に全国各地で新聞に報道されますが、その多くが死亡している実情は不安定な二輪の車の危険性と老人の運動神経と骨の脆さが加わったと思われますが、反射神経の鈍くなった彼が84歳の時、二階から厚い辞書を抱えて降りる途中、最後の階段を踏み外して背中から転落して瞬間息が止まる思いの中で彼は15年前の自転車事故を思い出しましたが、70歳と84歳の老齢期の転倒であっても湿布薬を贅沢に塗りたくっただけで骨には異常がない幸運は駅の階段で転んで骨折入院し痴呆となった人も彼はしりますから、骨折事故に繋がらない幸運は理法姓名学の吉名効果の「お守り」だと彼は固く信じるのです。
小宇宙と呼ばれる精巧で精緻(せいち)な人間程、病気や怪我や細菌、ウイルスに弱い生物は居ません。物心付いてから85歳を過ぎた今日迄を病気らしい病気にも罹らず平穏無事に息災に生きて、あの筆舌に尽くせぬ苦学時代の劣悪極まる生活環境の中でも風邪一つ引かず、生死の境を彷徨した軍隊時代にも掠り傷も負わず、自転車転倒事故にも階段を踏み外して転落しても無事を得られた僥倖は理法姓名学の吉名効果の「お守り」の恩恵と彼は深く母に感謝するのです。
理法姓名学の吉名効果は先ず彼に無病息災の幸運を与え、工業学校落第と言う苦渋を与えましたが、最も適性の商業学校に進ませ、西倉君と邂逅(かいこう)させ、戦後には駐留軍通訳の職を選ばせ、ガイド試験に挑戦させ合格させ、通訳を止めれば途端に英語教室を経営させる絶妙なタイミングで彼を導きましたが、結婚も合婚名に導かれて相性名に改名させ、無病息災で金婚式を迎えたのです。
「彼の履歴書」とは言うなれば理法姓名学の吉名効果の報告書であるとも言えるのです。