これは、父を43歳、母を69歳で亡くし、とてもキンさん、ギンさんが持つ長寿ミトコンドリア遺伝子などを持つ筈の無い人間でも、物心付いてから三日以上を病気で寝た事が無く、毎日千球のボールを投げ、10キロの自転車漕ぎを続け、悪性感冒の猖獗期(しょうけつき)にも風邪一つ引かず、老後に生き甲斐を感じている85歳の一老人が、近頃、新聞やテレビなどで騒がれている国民医療費の問題、就(なかん)中(づく)、老人医療費や異常な健康ブームや老人を巡る環境の悪さに目を剥(む)き怒り心頭に発する思いを込め、聊(いささか)かの存念を書き綴った人生論的な履歴書です。
高齢者は否応(いやおう)無く増加、2025年には70兆円の悪夢も現実になる虞(おそれ)がありますが、「僕は病気にならないから、保険は要らない」と保険料支払いを拒む者も出て来ましたから、テレビの日曜討論や新聞の社説で国民医療費の軽減をどんなに声高に論じても、一向に良い解決策を見付ける事が出来ず、懸命に医療費や薬価を下げる努力をしても病人は増える一方ですから、当に焼け石に水、この世から病人を無くす以外には解決策は見当らない現状です。よくよく考えれば老人が風邪や神経痛やリュウ―マチなどで通院する医療費などは多寡が知れていて、健康保険制度を破綻させる元凶は医学の最先端を行く高額医療費の問題です。高額の医療費を要する臓器移植後の生存率が精々数ヵ年と言われ、癌の手術でも再発は不可避だとすれば、他の福祉政策を削って迄も実施される高額の医療費は本末転倒で、風邪を引いたらコンビニの買い薬で治す若い世代が、現行の介護制度に疑問を抱き途轍(とてつ)も無く矛盾した話だと受け止め不払い運動に走ったら収支の付かない大問題に発展しますから、生身の人間は軽微の風邪や足腰の関節痛や血圧が少々高い低い程度の病気は兎にも角にも医療費を費消する重病人をこの世から一人でも無くせば老人医療費の増減に齷齪(あくせく)と目くじら立てる必要もなくなりますから、85歳の老人が苦闘時代から地獄の軍隊時代、戦後の狂瀾怒涛を無事息災で生きられた実証を「疑わしくは我を見よ」と書き綴った人生史です。
これは、誰もが健康で幸福に暮らし、天寿を得て死ねる方法を説いています。
健康で経済的に余裕のある老人なら介護保険など一切無縁、日々の生活を愉(たの)しみ、利便性の高い都心の有料老人ホームや銀座や日本橋などの殷賑(いんしん)な所に住み、好きな時に好きな演奏会や展覧会に出掛け、百万ドルの夜景を愛でながらの食事とSuccessful Agingですが、
病弱で経済的に困窮する老人は「金が敵のこの世」では誠に哀れな存在で、金に困れば、頼みの我が子が平気で介護放棄や高齢者虐待に及ぶ事も決して珍しい事ではありません。
医学が発達するに連れ、新しい病気が発見され、ウイルスと人間の闘いは無限の感ですが、病気に罹らなければ、人の免疫力は決して衰えず、健康は自然治癒力を増大させますから、何としても人々が病気に罹らない努力する事は国民の義務ですが、健康で幸福な生活を保証する方法を、広く多くの人に啓蒙するのも又、国民としての義務だと考えています。
今日ほど健康が騒がれ、猫も杓子も健康、健康と叫び、巷には健康医薬品や食品の宣伝や広告が氾濫し、利きもしない健康食品が誇大広告で売られていますが、中でも薬事法違反で検挙される健康食品の発売元や虚偽の宣伝記事で逮捕される出版者も出て来ましたが、
近代医学の精鋭が心血を注いで行う治療でも根治できない悪性ガンが、安易な健康医薬品で治ると妄信し、尊い命を失う消費者の側にも、一端の責任は免れないと考えられます。
多くの人がピンピン・コロリと言われる死に方を望みますが、「彼の履歴書」は現実に無病息災で生きる85歳の一老人が、「疑わしきは我に問え」と85年間の自らの体験を人生論的な気持ちを込め、幸福の獲得法として書き綴りましたが、決して占いの類ではありません。
実際に何百、何千、何万の人の実生活を基に、その人の幸福な状態や不幸の実態を克明に調べ、吉に分類される部分は吉、凶とされる部分は凶と分別して集大成した「人」の運命の解析書ですから、その法則に適合した人は必ず健康、長寿で幸福な運命を持ち、その法則を逸脱した人は不幸な運命と峻別出来ますから、その法則に適合した名を持つ彼は実際に無病で健康に85歳を生きた「論より証拠」の例証でありますが、嘗(かつ)て「黙って座ればピタリと当てる」と豪語した高嶋象山師は若い訪問客に日本刀で還暦前に惨殺されました。「天中殺」で一世を風靡した和泉宗易師は63歳と言う若さで病死し、天寿を得られません。細川元総理の信頼が篤かった天才霊感師の藤田小乙女師は親子共々ハワイで無残に殺され、テレビで有名な霊能力の宜保愛子氏は悪性の胃癌を患って断末魔の苦悶で死んでいます。
有名運命学者と持て囃された運命学者が晩年に宿痾の難病で死んでいますが、自分の帰宿の推移も知らず、天寿も得ずして死ぬ運命学者を真の運命学者とは絶対に言えないのです。 |